ずいぶんと間が空いてしまいましたが、
母の事を書きたいと思います。
まとめて読みたい人は、テーマの「母の事」で読めますので
そちらからお読みくださいませ。
過去の記事は読むのがめんどくさいわ、という人の為に
あらすじを言いますと、
家で倒れていた母を、たまたま行った私が発見して
救急車を呼んで、病院へ行ったら
胸から下が全く動かなくなっていて、ただいま検査中。
という所で終わっていました。
少しずつ、その後から、現在まで、そしてこれからの話をしていきますね。
また途中で、間が空いてしまうかもしれませんが、
よろしくお願い致します。
現在は、倒れてから2か月くらい経つのですが、
検査だけで1か月もかかりました。
あまりにも結論が出ないので、
本当に調べてくれているのかな、
放置されているのでは?と思ったほどです(;´∀`)
病名は、
「パーキンソン症候群」でした。
パーキンソン病なら、有名で、皆さん知っていると思うのですが、
パーキンソン病とは違い、
他の事が原因で、パーキンソン病と同じ症状を起こしている場合、
パーキンソン症候群と言います。
大きな違いは、
症状は同じでも、要因が違うので、
パーキンソン病は薬が効くのに対して、
パーキンソン症候群は、薬の治療が出来ません。
治療の術がなく、進行するのを待っているだけなんて…。
原因は、これ!というはっきりしたデータはないのですが、
母が長年飲んでいる薬にも原因があるかもしれないので
今は飲むのをやめています。
では、治療の出来ない母はどうしたらいいのか?と言いますと、
効果的なのが、リハビリです。
身体が動かなくなってしまうのだから、
リハビリで、身体が動くように頑張るのです。
頑張るしかないのです。
頑張らないと、寝たきりになってしまうのだから。
「頑張る」って、
他人からすると、「頑張って♪」と気楽に使える便利な言葉だけど、
頑張らなきゃいけない人からみれば、
それはとても辛く、いっそ殺してくれという気分になりますよね。
母もそうでした。
私が発見したから、母は助かった。
助かったから、生き続ける為に頑張らなければいけない。
「どうして発見したの」
「そのまま死なせてくれたら良かったのに」
「(倒れた時の)記憶も全くないのだから、そのまま放置されていても
楽にあの世に行けたのに」
「お前が見つけたから、こんな思いをして、まだ生き続けなければいけなくなった」
その頃同時に、
母の状態を知った兄からも、
「お前は、とんでもない者を生かしたんだぞ。
ずっと寝たきりなんだぞ。
これから大変だぞ」と言われ、
助けた事が「悪」になっていました。
でも、
母の言ってる事も、兄の言ってる事も、分かる。
そうか、助けた私がいけないのか、
あの時、死なせておけば良かったんだと
一瞬思いました。
これは、実際に経験した人にしか分からない事なんですが、
全く動かなくなってしまった親を抱え、今後どうしたらいいのか?
ということに関しては、
知識も何もない私達は、途方に暮れる毎日でした。
そして、当の本人は、意識だけははっきりしているのだから、
はっきりしているのに、身体だけが全く動かなくて、
このまま何年も生き続けるのか、と思うと
絶望しかなかったと思います。
「生きてるだけでまるもうけ」とは言いますが、
そう思えない時もある。
私が母でも、やはり、絶望の中、生きていくと思うと
楽に死なせてくれたら良かったのに、と
思ったかもしれない。
「命」の話は、正しい答えというのがないので
難しい事だと思います。
父の時にも、
延命、延命、で、苦しい思いをしながら最後まで生きてくれた父だけど、
それが本当に良い事だったのかどうか、
今でも分かりません。
だけど、生きて欲しいという気持ちも、
死んだ方が良かったんじゃないかという気持ちも、
どちらも、正直な気持ちなのです。
生きている方がいいに決まってるじゃない、と
私の言っている事に、到底共感など出来ないわ、という人もいるでしょう。
その気持ちも、正解なのです。
一人一人がどう思おうと、現実として、
今、母は生きている。
何かの縁で、私は都合よく、あのタイミングで母の家に行き、
都合よく、倒れている母を発見出来て、
そのおかげで、母は生きている。
誰にとっても、今日生きている事は奇跡なのだから、
朝を元気に迎えられるのは奇跡なのだから、
九死に一生とか、たまたま運が良くて、とかよく言うけれど、
生きられる人は、生きる意味があるのだと思う。
生きている以上、
人は死ぬまで頑張らないといけない。
みんな頑張ってるよね?
頑張れって言われたら腹立つという人も、
言われなくてもいつだって頑張ってるよね?
仕事行きたくなくても、仕事頑張ってるよね?
勉強嫌いでも、勉強頑張ってるよね?
子育て頑張ってるよね?
家事頑張ってるよね?
眠くても、起きるの頑張ってるよね?
投げ出したい事があっても、投げ出さずに頑張ってるよね?
笑いたくない時に、無理して笑ってる人もいるでしょう。
今日一日、無事に過ごすために、頑張ってるよね?
生きる為に、たくさん頑張ってるよね。
それが、「生きる」ということなんだと思います。
私は今、花粉症に耐える事に頑張ってるわ。(いきなり不真面目)
「頑張れ」は、
あなた頑張ってないわね、という責める言葉ではなく、
「生きて」という、激励の言葉だ。
私はこの言葉が好きだ。
言われたら、底力が湧いてくる。
そして、「頑張り過ぎないで頑張れ」って言葉は、ますます好きだ。
そこには、生きて欲しい、でも、無理しないで欲しいという、
優しさが溢れているからだ。
頑張るのを全部やめたら、
それは「死」を意味する。
だから、母には頑張ってもらわなければいけないのです。
あの時助けた私を恨んでいいよ。
母一人が頑張るわけじゃない。
あなたが頑張らなければいけないということは、
同時に、私も頑張らなければいけないということなのだ。
私が、頑張る覚悟を決めたということは、
母が、私を怨もうが、憎もうが、
強制的に、頑張らせることになるのです。
心臓が止まるその日まで、生きましょう。
ちょっと長くなってしまって、申し訳ありません。
今日はコメント欄、閉じさせてもらいますね(^^)
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途方に暮れている私を、ポチっとよろしくお願い致します☆
いつもありがとうございます♪
最初は、何をどうすればいいのか分からなく、
たくさん調べました。
逆に、あまりにも情報が多すぎて、さらにわけが分からなくなりました(笑)
だけど、いっぱい調べて勉強して、
もう一度母に元気になってもらって、
絶望ではなく、希望を持った残りの人生を歩んでもらえるよう、
奮闘中です。
そんな奮闘記を、ぼちぼちと書いていきますね(*^^*)
親はいつまでも元気なわけじゃありません。
親が老いていく事や、介護など、親が存在する以上必ず湧き上がる問題です。
自分もそのうちそうなります。
私が経験した事しかお話できませんが、
誰かの参考になればと思います。
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